英語劇ドットコム

シカ・マッケンジーによる英語劇・英語演技についてのブログ

2016年度四大学英語劇大会(1)

今年も拝見してまいりました四大学英語劇大会。初日に四団体さま全ての作品を鑑賞させて頂きました。制作&運営スタッフの皆さま、キャストの皆さま、ありがとうございました&おつかれさまでした!


今年の演目も、たいへんに難易度が高いものが揃っていました。まず印象的だったのが身体に病いや障がいを持つキャラクターをめぐる物語、二作品ありました。立教大学さまの『The Cripple of Inishmaan』と早稲田大学さまの『Night Sky』です。

The Cripple Of Inishmaan (Modern Plays)

The Cripple Of Inishmaan (Modern Plays)

 

『Inishmaan』のビリーは先天的な手足の機能障がい。『Night Sky』のアナは交通事故がきっかけで失語症になります。これらの設定を演技に取り入れることが必要なのですが、もちろん、役づくりはそれだけでは終わりません。


ビリーは1930年代にアイルランドの島で生まれた/生まれてまもなく両親を亡くした/小さな店を営む親戚の家で育った17歳。そんな彼がハリウッド映画出演のチャンスをつかもうと、舟で隣の島へ渡ろうとします。


彼の好奇心たるや、すごいものがあるでしょう。私たちは娯楽に事欠かない現代社会で暮らしていますから、なかなか"素朴な好奇心"というのが実感しづらいけれど。その好奇心とは、もしかしたら、見ている人が恥ずかしくなってしまうほどギラギラしたものかもしれません。そういう人間の側面を掘り起こしていけるのが、こうした時代設定の演目のいいところだと思います。


一方、『Night Sky』のアナは気鋭の学者であり年頃の娘を持つ母親であり、芸術家の恋人をもつ女でもあります。"学者""母""女"という三つの顔を作った上に失語症という......大変な役柄です。実は私、この戯曲を練習課題にして、あまりの難しさに中止せざるを得なかった経験があります(当時30代でした^^;)年を重ね、人生経験を積んでから振り返ってみたい役のひとつですね。

 


両作品を拝見しながら、私は心の中で「ミルフィーユだ...」とつぶやいておりました。主人公だけではなく、すべての人物がミルフィーユのように繊細な層の重なりのようなオーラをまとって場面に登場することが必要なのです。この層は、役づくりでちゃんと作れば、ちゃんと観客に見えます(伝わります)。作っていないと見えません。本当に、その点ではやりがいのある作品。それだけに難しいです。

 


この二団体さまは舞台美術のデザインも対照的で面白かったです。早稲田さまの『Night Sky』はちょっと未来的でモダン、クリーンな天文学の雰囲気で、占星術でいうと水瓶座っぽいテイストかな。立教さまの『Inishmaan』はセットもさることながら、衣装やメイクも細かいところまで丁寧に作っていらっしゃるのが、キャラクターが一列に座って映画を見る場面でよく見えました。Very goodです!


毎年、どの団体さまの美術も素晴らしいですね。戯曲が表現する世界観を読みとり、全体のバランスを考え、さまざまな色や質感を選び、重ね合わせてひとつの舞台を構築しておられます。organic=有機的という言葉が思い浮かびます。


演技の面でも有機的なアプローチができるといいですね。まず役として動き、呼吸する。呼吸のリズムにあわせ、その場で生まれた感情の動きにあわせ、沈黙する時は沈黙する。稽古の時にそのような時間をとることは贅沢ですが、とても大切なことです。

 

「台本どおりに早く次のセリフを」というプレッシャーが稽古中にあると、それは本番でもそのまんま、見えてしまいます。特に初日の出だしは、どんな人でもちょっと緊張してしまってセリフが上滑りしやすいし(ああ、あの緊張感ときたら)。


特に『Inishmaan』や『Night Sky』は家族やコミュニティーの絆を描いていますから、登場人物どうしの人間関係を少しゆっくりめに、丁寧に見せながら観客を誘い入れてあげるといいと思います。観客も、ついていくのに必死なんですよね。幕が開いたら、いきなり見知らぬ家族が目の前にいるわけだから。本番に向けてリハーサルが進むほどみんな慣れてきてテンポが加速するから、観客をおいてきぼりにしないよう注意しよう.....と、ハリウッド大作映画の編集現場でも似たようなことが言われるほどです。少し意識してみられるといいかもしれません。

 

熱演を繰り広げてくださいました立教大学早稲田大学のみなさま、ありがとうございました! 続きはまた改めてUPさせて頂きます。