英語劇ドットコム

シカ・マッケンジーによる英語劇・英語演技についてのブログ

2015年度四大学英語劇大会(2)

毎回野心的な題材に挑戦のひとつだプロダクションさま。今年はカフカの『変身』の舞台劇バージョンを上演して下さいました。これは非常にうまくまとまっていたと思います! 最初から最後まで楽しませて頂きました。

The Metamorphosis

The Metamorphosis


ある朝、グレゴール・ザムザが夢から目覚めると自分が一匹の大きな毒虫に変身していることに気づく、というあまりにも有名なオープニング。中央が高くなったステージは二階建ての家屋の上の階のようになっており、階下ではグレゴールの家族たちが日々の暮らしを展開しています。
人間が突然虫になるというファンタジー仕立ての設定。原作小説の刊行から100年を経てなお私たちが何かを感じ取ることができるのも、寓話のような物語のおかげでしょう。グレゴールと家族の関係を現代の引きこもりや老人介護の問題と結びつけることもできる。家族をひとつの宇宙=一人の人間の精神世界に見立てれば、社会不適合とみなされる感情=グレゴールだとも言えるでしょうし、舞台全体を人間の体内に見立て、がん細胞やウイルス=グレゴールだとも考えることができそうです。何が起きているか明確に表現されているからこそ、観客が自由に解釈することができる。
昨年の『The Butterfly Effect』では映像を駆使されていた分、役者さんたちの存在感が出しきれなかったかもしれないのが惜しかったですが、今年度は原点回帰なさったというか、とても舞台らしい舞台だったと思います。衣裳やメイク、演技のスタイルも総合的にバランスがよく、世界観に合っていたと思います。記録映像があれば欲しいな......と思うぐらいで、多くのかたにご覧頂きたい作品でした。
舞台らしい舞台といえば、早稲田大学さまの『Heaven Can Wait』もよい作品でした。何から何までリアルに表現するのでなく、観客側にも想像させる。それによって舞台上で繰り広げられる幻が共有できると、観客にとっても至福の体験となるのです。
Heaven Can Wait

Heaven Can Wait


死ぬはずじゃなかったボクサーのJoeは天国のミスで霊魂だけになってしまい、現世に戻るための身体を探すことに。その途中で美しい女性に一目惚れした彼は、大富豪の男の身体に乗り移るが......というお話。
大富豪の身体に乗り移った後は俳優さんが変わるのかな、と思っていたら最後まで同じ俳優さんが演じ切っていらっしゃいました。これは大役ですね。本当に頑張っておられたと思います。天国行きの飛行機の乗務員さんや富豪の妻やメイドさん、秘書役の皆さんもそれぞれキャラクター性がはっきり出ていて、場内、かなりウケていました。
まとまった分量のセリフを語るところが、もう少し丁寧だったらもっとよかったかなと思います。発声や発音の問題ではなくサブテクスト(言葉の裏にある意味)の問題で、この作品に限らず他のプロダクションでも随所に見られました。「I」とセリフで言う時、それは何を意味しているのか。本当に、与えられた状況の中でその人物の意図を反映しながら「I」と言えているのか。英語が母国語でない俳優さんにとってはそれが特に難関です。力を抜いてゆっくり一語ずつ、自分の中のイメージや意図と言葉とを丁寧に結びつけて声を出す練習をすると、同じセリフでも驚くほど表現が変わるかもしれないです。
セットチェンジのスタッフさんがみんな使用人の衣裳で登場し、芝居の一部として表現されていたのはいいアイデアでした。エンディングもよかったです。"運命的な出会いってこんな感じかも!"という裏にあるのは"過去の自分にこだわらず、目の前の人生に飛び込めた時に新たな道が拓ける"というメッセージかも。じーんときました。
さて、英語のセリフというと発音が気になるかたも多いと思いますが、英語劇を演じたり鑑賞したりする際、"セリフを相手に向けたメッセージとしてきちんと発しているか"も一つのチェックポイントとされるとよいと思います。言い始めは誰かに対して発したものの、途中からうやむやになり、誰もいない宙に向けての一人語りになっていないかどうか。誰に対して何を伝えようとしているかが途中でわからなくなって、セリフに節をつけて歌うように言い終えていないかどうか(今年はこの"歌う傾向"がいくつかのプロダクションで目立っていたのが残念でした)。
セリフの応酬が笑いを呼ぶといえば、慶応大学さまの演目『Barefoot in the Park』。ニール・サイモンの戯曲で、ブロードウェイでの初演は1963年ですから長く愛されている作品ですね。ニューヨークのアパートに引っ越してきた新婚夫婦をめぐるコメディーです。
Barefoot in the Park

Barefoot in the Park


オープニングから明るく元気よいBGMと共に、最後までパワフルに演じて頂き、どのキャラクターにも好感が持てました! 長い階段を上り、息を切らした人物が舞台に登場した瞬間、観客は即座にその人物に共感を覚え、好きになってしまいます。設定の妙ですね。
欲をいえば、ところどころ、もう少しテンションを落とした演じ方をすればどうなるのかが見てみたかったです。無理に感情を込めず、ストレートにセリフを相手にぶつけ、観客が笑うための時間として少し間を空ける箇所がいくつかあるとさらによくなったかもしれません。キャラクターどうしは真剣に戦い、自己主張し合うんだけど、別の層では一歩引いて冷静な部分がある...という感じ。私は初日の演技しか拝見していませんが、ファイナルではよい具合に力が抜けていらっしゃったかもしれませんね。客席の反応を肌で感じ、上演ごとに演技をどんどん変えていけるのが舞台のよさです。俳優にとって何よりの糧になりますよね。
どの団体さまも賞の結果に関わらず、このような大きな舞台を無事に終了されたこと自体、素晴らしいことだと思います。大会を終えてご進級、ご卒業されてからもぜひ末永く演劇との接点を持ち続けて頂けたら嬉しいです。熱演を披露して下さった皆さま、ありがとうございました。来年度も楽しみにしています!